近くに住む中学2年生の孫は、進学先をどう決めたら良いのか迷っています。もうちょっと頑張って、成績を上げれば入れそうな高校を薦める人に対して、反発する気持ちもあるようです。私の若い頃と違って先行き不透明な時代だけに、どうなるのかなと案じています。

回答者 松田康子さん(北海道大学大学院教育学研究院教授)

  お孫さんを持つ多くの方々は高度経済成長期に右肩上がりを信じ、頑張れば報われると思って生きてきた世代かと想像します。先行き不透明な時代を迎えようとも、なお、孫を案じる気持ちは同じなのだなと、親近感を感じながら拝読いたしました。
 私は大学で出会う学生さんから、進学にもいろんなプロセスがあることを教えられています。高等学校卒業程度認定試験を受けて大学に入学してくる方、海外の高校を卒業している方、日本でも地域性を生かした高校があったり、通学に限定しない特色ある高校もあります。
 高校に通い、塾にも通い受験学力を強化してブランド大学を目指してきた方もいますし、進路を見定める時をしばしおいてから動き出していた方もいます。病や障壁に直面し、学ぶ環境の調整に応じてくれる高校が少ない中で、応じてくれそうな限られた高校を受験時に選びながら道を開き、学んできた方もいます。
 コロナ禍を経験した私たちは、確かな指針があるのかないのか心もとない中、今をどう生き抜くか試されてきました。社会情勢の目まぐるしい変化は、今まで生きてきた人や過去の生活をモデルに、そのままをなぞるように生きることを難しくしているように思います。
 しかし、未来への確かさが揺らぐ中でも、今、今の瞬間を一生懸命生きて歩んできた道は残っていき、その意味は何度でも捉え返し、耕され、肥やしとなってまいります。お孫さんの迷いや反発する気持ちも、一生懸命さの証しかと思います。未来に開かれていく存在として信じ、見守り続けることが、傍に居るものとしての務めなのかもしれないと、私は最近思っています。

 質問は過去の相談事例や投稿を基に再構成しています。