「親ガチャ」という言葉が少し前に若者の間で流行した。子供は自分で親を選べないことから、それを運要素の強いカプセルトイの「ガチャ」に見立ててつくられた言葉である。若者たちが自分自身を「親ガチャはずれ」と安易に言うことに対して、同じ若者である私は強い違和感と悲しさを覚える。
 自分が今立つ境遇を「親ガチャ」という表現に全て押しつけ、それを嘆くのは自分自身の努力の放棄、知性の放棄だと私は感じる。自分の境遇を受け入れ、その中で自分ができることを最大限していくというのが、私たち若者のあるべき姿だと思う。
 また、子供が親のことを「親ガチャ」と思うのと同様に、親も子供を「子ガチャ」と思うようになるかもしれない。親子が互いに相手を「ガチャ」と表現するさまは、とても悲しく寂しいように思われる。
 私たち若者が向上心を持って努力し、社会をより明るいものにしていきたいと思う。