ぶんぶんタイムに掲載された作文の中から、心に残った作品をもう一度紹介する「ぶんぶん大賞」。2019年度下半期(19年10月~20年3月)は、1425編の投稿の中から、テーマ編(「気になること」「ありがとう」「新聞」)、フリー編それぞれの大賞、特別賞を選んだ。テーマ編は、大賞が札幌白石高3年、高杉知里さん(18)、特別賞、士別翔雲高3年、山田麻衣さん(18)、フリー編は、大賞が空知管内妹背牛町立妹背牛中3年、高井萌伽(もえか)さん(15)、特別賞、道教大付属函館中3年、石井有希子さん(15)となった。作品とともに、筆者の作文に込めた思いなどを紹介する。選考は北海道新聞社NIE推進センターが行った。

■テーマ編大賞 「ありがとう」

ほほ笑み感じ心ほっこり

高3 高杉知里(札幌市白石区)

 「ありがとう」。この言葉は、誰もが良い気分になれる魔法の言葉だと思います。私は今まで、人に良いことをするとその相手から感謝の言葉を言われることが当たり前だと思っていましたが、一人のおじいさんによってその思いは変わりました。
 ある日私は、友人と街で買い物をしていました。階段を下りようとふと横を見ると、目が不自由なおじいさんが白杖(はくじょう)を頼りに階段を下りていたので、私たちも彼のことを心配しながら下りました。
 するとそこには入り口につながる手動ドアがありました。点字ブロックがある側のドアが閉まっていたので、私たちは彼が来るタイミングに合わせてドアを開けました。もちろん彼には見えていないので感謝の言葉はありませんでしたが、その時、私はほほ笑みを感じました。これがおじいさんなりの感謝の仕方なのかなと、なんだかとてもほっこりとした気持ちになりました。

(2020年2月12日掲載)

見守り寄り添えた瞬間

 高杉知里さんはふだんから、困っている人がいると気になるそうで、電車で席を譲るのも「恥ずかしくありません」とにこにこ話します。こんな日常から、この作文は生まれました。
 「去年12月ごろの休日、友達と2人で狸小路(札幌市中央区)を歩いていて、おじいさんを見かけました」。白杖を持ち腰を曲げゆっくり歩く姿に「目が見えないんだな」と気にしていたら、地下街への階段で再び見かけました。2人はごく自然に階段下で待ち、高杉さんがドアを開けました。
 そのほほ笑みは一瞬。「ニコッとして、うれしそうに見えました」。歩き去る姿も見送った2人です。
 見守っていた時間が忘れられない瞬間につながりました。「自分でも頑張って書いた」という作文には、周りの人の気持ちに寄り添うことのできる高杉さんの温かいまなざしがあふれています。(渡辺多美江)

■テーマ編特別賞 「ありがとう」

愛猫の思い出を忘れない

高3 山田麻衣(士別市)

 私が小学校1年生まで飼っていた猫のミッキーとミーとその子どもたちへ。心からありがとう。
 私が小さい頃の冬、寒かったため起きてすぐストーブの前に寝っ転がっていたことがあった。そのときにミーは私にくっついて寄り添ってくれたね。ミーも寒かっただけかもしれないけど、とてもうれしかったよ。ミッキーはおとなしくて弱くて、散歩から帰ってきたとき傷ついていたことがあってすごく心配したな。それでも元気になって甘えてくれるミッキーが好きだったよ。
 初めて生命が誕生する感動を知ったのはミーの子どもが生まれたときだった。生まれた頃は手のひらより小さかったのに、短い間にどんどん成長して、親のように感動していた記憶がある。
 君たちの思い出は、私がトリマーを目指すきっかけの一つでもあったから心からの感謝とともに、絶対忘れることはないだろう。

(2020年1月29日掲載)

優しく語りかける文体

 「作文はミッキーとミーに宛てた手紙をイメージして書きました」。優しく、語りかける文体は、幼い日、3年間ほど一緒に暮らした「友達」への感謝の気持ちを表したようです。
 一人っ子だったので、家ではよく一緒に遊んだとのこと。「カップ麺の具を欲しがったミッキー」「ミーはやんちゃな女の子」。思い出を話すときの柔らかな表情が印象的でした。
 祖父母の家に預けて引っ越した後、どうなったか分からず、写真もありません。別れて10年以上。作文からは今も変わらぬ愛情を感じました。(坂本尚之)

■フリー編大賞

たくさんの愛に応えたい

中3 高井萌伽(もえか)(空知管内妹背牛町)

 父も母も子どもはすぐに生まれると思っていたけれど、なかなかできず、私が生まれる前、一度授かった命は生まれてくることができませんでした。
 私を授かったとき、安定期に入るまで母は毎週旭川の病院に通うことになり、そのため父は仕事を休み、一緒に病院へ行っていたと聞きました。祖父母たちも、元気に生まれてくることを毎日神頼みしたと言っていました。
 私が生まれた日は、父方の曽祖母の告別式でした。本当は悲しい日でしたが、参列した祖父母が私の誕生を知らせたら親族が喜んでくれたそうです。
 私は、父母はもちろん親族みんなに生まれてくることを願ってもらいました。生まれる前から家族に愛され、今もたくさんの愛に包まれています。そのたくさんの愛に応えられるよう、一生懸命日々を過ごしていきます。

(2019年12月25日掲載)

命と真っすぐ向き合う

 生まれることがかなわなかった命。ひ孫の誕生を心待ちにしながらも見られずに逝った命。そして、家族の祝福にあふれた命。それぞれの命を包む悲しみ、喜びが、真っすぐに伝わってくる作文でした。
 高井さんが自分の誕生についての話を初めて聞いたのは小学生のころ。母親が教えてくれました。その時は「あー、そうなんだ」という感じだったそうです。
 作文は夏休みの課題。書くのに少しちゅうちょもあったそうです。ただ「私の誕生をたくさんの人に喜んでもらったことを書きたい」とテーマに選びました。
 高井さんは両親、弟と4人で暮らしていますが、自分の誕生について話すときの「家族」には、親族も含まれていました。「たくさんの愛」を感じているからでしょう。「命とは、家族とは」。作文と高井さんとの会話から改めて考えさせられました。(坂本尚之)

■フリー編特別賞

身長くらい「姉」でいたい

中3 石井有希子(函館市)

 私には気になっていること…というか、危惧していることがある。それは私の身長のことだ。
 私の身長は152センチ。極端に低い数字というわけではないけれど、それでも全体から見れば小柄な部類に入る。
 私が危惧していることは、成長期が終わってしまうことではない。5歳下のいとこに身長が抜かれそうだということだ。1年に1回ほどしか会えないせいか、いとこは会う度にぐんぐんと成長している気がする。今はまだ私の身長の方が高いが、両親の背が高く食欲旺盛ないとこには、もういつ追い越されてもおかしくない。
 いとこが生まれたとき、一人っ子の私は妹ができたみたいでうれしくて、「お姉ちゃん」と呼んでもらおうといろいろと画策した。結局一度もそう呼んでもらえたことはないけれど、せめて身長くらいは彼女の「お姉ちゃん」でいたいなと、ほんの少しだけ思う。

(2019年12月25日掲載)

うれしさとさみしさと

 幼稚園の時、生まれたばかりの初めてのいとこと病院で対面した。以来、一度もそう呼んでもらえなかったけれど、この10年間「お姉ちゃん」として、実の妹のように思ってきた。
 いとこの背が伸びるのはうれしいけれど、お姉ちゃんの証し「身長の差」はもうすぐ無くなってしまうかも―そんなちょっとさみしい気持ちを「さらさら書けました」という石井さん。
 「受賞はびっくり。でも、私の文章を見てもらえてうれしい。中学最後にこんなことがあって良かった」と、すてきな笑顔を見せてくれました。(千葉宗位)