ぶんぶんタイムに掲載された作文の中から、心に残った作品をもう一度紹介する「ぶんぶん大賞」。2021年度下半期(21年10月~22年3月)は、テーマ編と題材自由のフリー編を合わせた1233編の投稿から、大賞1作品、特別賞3作品が決まった。大賞は十勝管内広尾町立広尾小6年の服部琥楠(こなん)さん、特別賞は北海道教育大学付属函館中3年の伊藤ゆずさん、北見柏陽高2年の福田凌さん、美唄聖華高3年の村山史栞(しおり)さんとなった。作品とともに、筆者の作文に込めた思いなどを紹介する。選考は北海道新聞社NIE推進センターが行った。

■大賞 テーマ編「大切なもの」

何よりも家族が一番

 小6 服部琥楠(十勝管内広尾町)

 僕のじいちゃんは去年亡くなりました。僕は1年生の頃、「人が死ぬ」ということの意味も知らず、じいちゃんに「いつまで生きるの? もういいよ」と言ったことがあります。その時のじいちゃんの答えは「まだ生かしてくれ。学校から帰ってきた時に電気をつけて、ストーブもつけて待っていたいから」でした。
 その時は、なんとも思っていませんでした。でも、じいちゃんが亡くなってから、その言葉の意味がわかりました。元気だった頃には、僕の大好きな「じゃがバター」を作って待っていてくれました。じいちゃんが亡くなり、あたり前だったことがあたり前ではなくなりました。僕はそのことをきっかけに、家族が一番大切だと思いました。
 世の中には、家族より大切なものがあるという人がいます。でも僕は、家族が一番大切なので、これからも家族を大切にしていきたいです。

(2021年12月22日掲載)

心の動き 丁寧につづる

 まだ幼かった自分が発した言葉と、それに対するおじいさんの言葉を5年たった今も覚えていて、具体的に書いています。この頃、おばあさんが亡くなり「人って死ぬんだ」と実感したことから、「じいちゃんもそうなるのかな」と思って口にしたと振り返ります。孫の無邪気な言葉に温かく応えるおじいさん。そのやりとりは、少しの胸の痛みとともに忘れ得ぬ思い出になっているのでしょう。
 同居していたおじいさんは「自分ができないことを何でもしてくれて、困った時は助けてくれる」心強い存在だったそうです。でも、亡くなる頃には、その存在をちょっとうっとうしく感じていたと言います。あたり前にそばにいた存在を失って、「家族が一番大切」と気付くまでの心の動きが丁寧につづられています。
 家族への優しい思いが詰まったバトンを、おじいさんから受け取った服部さん。最近では家族に迷惑をかけないように心掛けているほか、皿洗いや米研ぎなど自分にできる手伝いを始めているそうです。(菊地由希)

■特別賞 フリー編

沖縄の海に祖父思う

 中3 伊藤ゆず(北斗市)

 祖父と行った沖縄の海は今でも忘れない。沖縄は日本で最大の地上戦が行われたという悲しい過去を持つ。つらい記憶さえも包み込むような青く透き通る広い海は、祖父の人格と重なった。そばにいるだけで、なぜか落ち着く。祖父は小さい頃に母親を亡くし、心臓の病気を患っていた。2度も大きな手術をし、つらいこともたくさん経験している。だからこそ他人の苦しさを理解することができ、そんな祖父を私は心から尊敬していた。
 今年私は受験生になった。時には諦めたくなることや苦しいこともあるけれど、2年前沖縄に行き、祖父からもらった言葉は今の私の背中を押してくれている。「人生、楽しんだもん勝ちだ。頑張れ! でも、頑張りすぎるな!」
 今はもう祖父の姿はないけれど、将来の私の姿を天国にいる祖父が喜んでくれるように努力しようと思う。祖父と見た、あの海のように強く、広い心を持って新たな一歩を踏みだしたい。

(2021年12月22日掲載)

人柄 風景に重ねて表現

 「推敲(すいこう)を重ねた」と言う文章には、おじいさんに対する尊敬と愛情があふれています。
 戦争の歴史を持つ沖縄の風景に、その人柄を重ねた表現から、筆者の心情がよく伝わってきました。旅行後すぐにおじいさんは亡くなったそうですが、その言葉は人生の指針としてこれからも支えになるでしょう。
 「自分の夢を誰よりも応援してくれた」おじいさんの写真を部屋に飾っていると言う伊藤さん。「受験期間も祖父がいつも応援してくれていると思うと頑張れた。一緒に闘った気がして、あっという間に感じた」と力強く話してくれました。(菊地由希)

■特別賞 フリー編

玉ネギ克服に挑戦中

 高2 福田凌(北見市)

 私は玉ネギが嫌いだ。今まで、玉ネギを食べることから目を背けて生きてきた。しかし高校入学を機に「玉ネギの町」と呼ばれている北見に引っ越したことで、玉ネギを食べられるようになりたいと、強く思うようになった。
 一番の理由は外食にある。友達とレストランに行って、大好きなハンバーグを食べて驚いた。中の玉ネギが本当に大きくて存在感があった。大好きなハンバーグだったけど、おいしく食べることができなかった。
 その日から積極的に玉ネギを食べることにした。牛丼や肉じゃが、カレーライス、ピザなど今まで玉ネギを残していた料理でも、玉ネギまでしっかり食べ切るようにした。今も続けているが、まだおいしいとは思えない。おいしいと思えるまで、頑張って食べ続けていきたい。そしていつか玉ネギを克服し、友達みんなと仲良くおいしく、レストランでハンバーグを食べたい。

(2021年12月29日掲載)

リズムよくユーモラス

 「掲載はうれしかったのですが、小学生が良い作文を書いているのに、私はこんな内容で恥ずかしい」と話す福田さん。しかしこの作品の良さはユーモアです。玉ネギの町北見に来てしまったがために、愚直に克服の努力を重ねる様子を楽しく読みました。短い文章の連続でリズムもいいです。
 「今でもおいしいとは思わないが、食べる努力は続けている」とのことで、オニオンリングは食べられるようになったそう。新聞を見た親戚からは「玉ネギは栄養満点だから食べた方がいいよ」と勧められたとのこと。(小田島玲)

■特別賞 フリー編

母のような看護師に

 高3 村山史栞(美唄市)

 私は中学生の頃、朝が苦手で毎日母に起こしてもらっていた。洗濯も母任せで、部屋の掃除も気づいたら母がしてくれていた。
 高校生になり、私は親元を離れ、寮生活をしている。母のような看護師になるという幼い頃からの夢をかなえるためである。寮では身の回りのことは自分でしなければならない。1年生の頃はうまくいかないことが多く、実家に帰りたいと何度も思った。また看護師になるための勉強も難しく、逃げ出したいと思った。
 そんな私も3年生となった。今では朝も自然と目が覚め、部屋のほんの少しの汚れも気になり、こまめに掃除もしている。自分に合った勉強法もなんとなく見つけ、いろいろなことに余裕をもって生活を送れている。
 この3年間で私はとても成長した。それと同時に母の偉大さを実感し、母への感謝はしてもし切れない。看護師が大変な職業であることを知っていく日々の中で、母のような看護師を目指す気持ちはより強まっている。

(2022年2月23日掲載)

高い志 爽やかな読後感

 村山さんが学ぶ美唄聖華高校は、通常の高校の学習と並行して看護の勉強もしなくてはなりません。そんな大変な3年間を振り返った作品です。親への尊敬、将来への高い志から、爽やかな読後感を覚えました。ちなみに「自分に合った勉強法」とは、朝早く起きて勉強することだそうです。
 物心付いた時からお母さんのような看護師になりたかったという村山さんは「作文は得意でないので、新聞に載って驚きました。母から『いい文章だね。ありがとう』と言われました」と喜んでいます。(小田島玲)