各年度の半期ごとに、優秀な作品を選んで表彰する「ぶんぶん大賞」。2回目となる2018年度下半期(10~3月)は、大賞の他、もう一度紹介したい心に残った作品を特別賞として選んだ。この間に掲載されたのは、テーマ編(「大人」「友だち」「得意(苦手)なこと」)69編、フリー編53編。大賞はテーマ編が江別市立江別第一中2年、佐々木苺紗(めいさ)さん(13)、フリー編は十勝管内音更町立下音更中3年、佐久間琉安(るあ)さん(14)に決まった。特別賞はテーマ編、石狩管内当別町立西当別中3年、中田(なかだ)純太さん(14)、フリー編、根室管内中標津町立俵橋小3年、多田皇佑(こうすけ)君(8)の作品をそれぞれ選んだ。北海道新聞社NIE推進センターが選考した。(掲載作品の学年は当時)

■テーマ編大賞 「大人」

大人と子供 互いに理解を

中1 佐々木苺紗(めいさ)(江別市)

 大人と子供はお互いに理解し合えていないと思う。例えば、親は「ゲームをやめなさい」「勉強しなさい」とか言う。それは正しいと思うけど、私たちにそれができない理由が分かる?
 子供がやるゲームは、大人がお酒を飲んだり、たばこを吸うのと同じだと思う。だって大人たちも自分で酒もたばこもやめられないでしょう。
 「勉強しろっ」て言ってるけど、じゃあ、あなたもダイエットと禁煙頑張って。そう思うけど口には出せない。怖いし。
 私たちが怒られてへこんでいたら、「すねるんじゃない」。そう言われたから普段通りに振る舞ってたら「反省しなさい」。ワケが分からない。私はあなたの言う通りにしています。でも大人には身勝手な子として見られるんです。
 「何度言ったら分かるの」。
 もう理解しています。
 こうして大人と子供は理解し合えないから「理不尽」が起こる。お互い理解するのが大切だと思う。

(2019年1月23日掲載)

文章が次々と浮かんだ

 友だちと同じでは面白くないので、ちょっと違った内容にしようと考えました。目立ちたかったし。面倒くさいことや、やりたくないことは、大人も子どもも同じだと思います。
 書く内容はすぐに思い付きました。家族と近くに住んでいる祖母らに日頃から言われていることです。文章構成などは考えず、書き始めると文章が次々と頭に浮かんできて、20、30分で書き上げました。でもちょっと脚色した部分もあるかな。小学生の時から本が好きで、文章を書くのは苦にならないですね。

日常の会話リズム良く

 家族との会話がリズム良く展開して、一気に、楽しく読ませます。思春期の中学生を持つ、どこの家庭にもありそうな日常会話に親近感を覚えました。禁酒・禁煙は大人の“永遠のテーマ”。ゲームと対比させられると、子どもへの注意も説得力に欠けそう。
 佐々木さんは昨年、吹奏楽部での活動をまとめた作文が学年代表になりました。今回とは違う表現力も持っています。(坂本尚之)

■テーマ編特別賞 「得意(苦手)なこと」

キノコの行き先 お皿の端

中2 中田(なかだ)純太(石狩管内当別町)

 たぶん、ほとんどの人に嫌いな食べ物ってあると思う。僕はキノコが嫌いで、どうしても食べることができない。食べようと挑戦する。だけど涙目になって胸の奥がキューッとしめつけられるような感覚になる。だから、最近は食べることもないし、食べようともしない。
 給食でキノコのメニューがでてきたら、テンションだだ下がりだ。そのキノコの行き先はいつも決まってお皿の端っこ。キノコのメニューがでてきたら、口にする前に選別作業が始まる。自分の口に絶対に入らないように目を光らせて、はしで隅々まで丁寧にかき分ける。そうして、端っこにキノコの山を積み上げていく。友達や先生は、そのキノコの山の見た目が独特でいつも苦笑い。
 キノコを克服する意志が全くないわけではないが、現時点ではたぶん無理。でも、そんな嫌いな物から少しでもおいしさを見つけることができたら、「食」がいままでより、もっと楽しくなるだろう。

(2019年2月27日掲載)

「本当に嫌い」伝わる

 「キノコは食感、味ともダメ。一番苦手なのはシメジです」。よどみない話しぶりに、本当に嫌いなことが分かります。それは作文からも伝わってきました。友だちに「よく探せるね」と言われるほど、キノコに目を光らせ、皿の端にどける光景が手に取るように分かる描写も上手でした。
 「給食でいつもよけているのでイメージしやすかった」と、部活の野球など好きなことでなく、キノコを題材に選んだ。克服する意志はゼロではないようですが、「今は食べられるようになりたいとは思わない」そうです。(坂本尚之)

■フリー編大賞

祖父に出会えてよかった

中2 佐久間琉安(るあ)(十勝管内音更町)

 いつも何げなく過ごしていた人がいなくなる。それはすごく悲しいことだ。
 私は祖父を亡くした。いつも普通に話し、過ごしていた人が突然いなくなった。
 亡くなって、1週間たっても祖父が「死んだ」という実感がなく、夢を見ているんじゃないかと思うほどだった。正直私は祖父があまり好きではなく、避けているところがあった。心配してくれたり、優しくしてくれるのはうれしかったが、自分の中ではちょっとおせっかいだった。でも祖父を亡くし思った。「もっと話してればよかった。遊んでもらえばよかった」と、後悔ばかりが頭の中を回っていた。私はたくさん泣いた。
 そして祖父を亡くして一番大事なことに気づいた。いつも何げなく過ごしている人でも、いつか「死」が訪れ、その時に「この人に会えてよかった」と思えるかだ。私は祖父に出会えてよかったと思う。そして、またどこかで会えることを楽しみに願っていたいと思う。

(2018年12月12日掲載)

大切な教え学べて感謝

 小学校5年生の時のことで、身近な人が亡くなったのは初めてでした。釧路市に住む祖父には、動物園や温泉に連れて行ってもらった思い出が多くあり、とても感謝していました。突然の訃報に、「もっとこうしていればよかった」と悔しい気持ちでいっぱいでした。
 元々、作文を書くのが好きで、「祖父とのお別れから学んだこと」がずっと心の中にあったから、すらすら書けました。今回のぶんぶんタイムは、祖父が教えてくれた、人とちゃんと向き合い、話し、生きていくことの大切さを学ぶ、よい体験になりました。

厳かなテーマ深い考え

 誰しも避けて通れない別れ。身近な人の死去という厳かなテーマでしたが、佐久間さんは初めての体験を通じ、人生の無常、後悔、そして有限であるがゆえの、かけがえのない価値をおじいさんから学んだとのこと。中2(当時)にして、これだけの深い考えができ、それを文章にできたことに感銘を覚えました。
 取材で会った、その明るい笑顔がとても印象的でした。(千葉宗位)

■フリー編特別賞

おすしやさんになりたい

小2 多田皇佑(こうすけ)(根室管内中標津町)

 ぼくのゆめは、大人になったらおすしやさんになることです。おすしやさんになって、人をよろこばせたいです。いっしょうけんめいはたらきたいです。
 なぜ、おすしやさんになりたいかというと、お父さんが、「おすしやさんになったらいい」って言ったからです。ぼくが、「なんで?」と聞いたら、「おまえはうまい!」と言われたから、おすしやさんになりたいんです。
 どんなおすしやさんにしたいかというと、楽しいおすしやさんにしたいです。たとえば、まぐろが大もりになっていたり、くだものがたくさんのっているパフェがあったりしたら楽しくなると思います。
 お父さん、お母さんに食べにきてほしいです。かぞくみんなにきてほしいです。「上手だね。がんばってね」と言われたいです。大人になるのが楽しみです。

(2018年11月21日掲載)

文章に明るさ、素直さ

 「おすしやさんになりたい、人をよろこばせたい」。この文章を目にしたとき、全体にあふれる、はじけるような明るさ、子どもならではの素直さに心を奪われました。
 多田君の家は牛が44頭いる酪農家で、本人も学校から帰ってきて、夕方6時から牛の世話をしているそうです。料理が上手なお父さんを手伝って、すしを握ってみたら、ご飯の上にねたをのせるのが「うまい」とほめられたとのこと。将来は酪農とすしやさんの両方をやりたくて、「大人になるのが楽しみ」との言葉がすてきでした。(千葉宗位)