デジタル世代の大学生が新聞教材で学ぶ授業を取り上げた連載「NIE 大学生がやってみた」は前回までに実践編全6回の掲載を終えた。締めくくりに北海道NIE推進協議会と定期的に協議の場を持つ、「大学のNIEを考える会」の座長、北星学園大の阪井宏教授(63)に、講評と「なぜ大学生にNIEなのか」について寄稿してもらった。
 「新聞って、こんなふうに使えるのか」―。連載はそんな驚きと発見の連続でした。

2019年度に紹介した授業や講座

*記事の読解や縮約…

 まずは「新聞づくり」の3編。はがき大のミニ新聞をつくる「はがき新聞」(2019年6月24日)は、小さなスペースに興味あるテーマを凝縮。手軽にできるところが素晴らしい。数人で気になる記事を集め、オリジナルの1枚をつくる「まわしよみ新聞」(9月30日)は、作業を通し仲間とのコミュニケーションが深まるのがミソです。「壁新聞づくり」(10月28日)は地域を知るために自分たちでテーマを決め、取材し、仕上げるという大変な作業。達成感は、ひとしおでしょう。
 読む力を養うことに主眼を置いた試みも斬新でした。「『SDGs』の視点」(7月29日)では、国連が採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」の視点で、新聞記事を読み込みます。17の目標に関連づける試みは小、中、高の授業にそのまま使えそうです。極めつきは「社説の縮約」(11月25日)。新聞社の社説を、表現を残しながら文意を損なわないように縮める。「言いたいことは何だ」と念じながら、格闘する学生たちの姿が目に浮かぶようです。
 年明けの最終回は「報道文を書く」(2月24日)でした。記事の一文一文を「これは事実か、筆者の意見か」と仕分け、「事実だけで構成する文章」の型をつかむ。ニュースは事実が命。しかも都合の良い事実の寄せ集めでは、本当の客観報道になりません。

*「正しい報道」考える

 実は、私も大学のいくつかの講義で記事を使っています。「マスコミュニケーション論」では、正しい報道とは何か、を学生たちと考えます。「東日本大震災の取材ヘリは、被災者の救助をすべきだったか」「凶悪事件の加害者は、少年でも実名で報じるべきか」…。
 いずれの問いにも、授業では「正解」を示しません。多様な考え方を出し合い、議論する。その過程こそが、授業の命なのです。
 新聞記事を切り抜く授業もしています。学生は週に三つだけ、気になる記事を選びます。そしてノートの左面に記事を貼り、右面に「記事の概要」「選んだ理由」「意見・感想」を書く。授業では3、4人のグループに分かれ、全員がそれぞれのノートから一つ、記事を選び、発表し合います。「1本の記事に1時間かけます」という女子学生の書くコメントは、毎回、哲学的な洞察が加わり、見事でした。講義の最終日に、まだ学びたい、と言われたときは、教師冥利(みょうり)に尽きました。

*可能性と重い責任

 若者は決して社会に無関心ではありません。複雑に絡まる社会事象にどう手を付けてよいか、分からないだけなのです。
 新聞には、社会で役立つ知恵と知識が詰まっています。人生の喜び、悲しみに触れ、社会の抱える矛盾や難題と向き合う中で、人は人として成長します。SNSの時代、大量の情報が私たちの日常を覆い尽くし、過ぎ去っていきます。このような時代だからこそ、1本の新聞記事、一つの問題提起にしっかり向き合いたい。多くの先生方がきっとそう感じているはずです。
 新聞という情報媒体を使い、次の世代に何を伝えるか。その可能性への期待と、教育者としての責任の重みを、この連載を読みながらかみしめました。=おわり=


阪井宏教授

さかい・ひろし 1956年、北海道生まれ。慶応大学法学部卒。80年に北海道新聞入社。30年余り記者として活動し、2011年3月に退社。同年4月から北星学園大学文学部教授。1999~2000年、英オックスフォード大学ジャーナリストプログラム修了。著書に「報道の正義 社会の正義」「報道危機の時代」(いずれも花伝社)。