大学の教室をのぞくと、学生と向き合っていたのは元学校教諭たちだった。NIE(教育に新聞を)活動を実践してきた3人が定年後、新聞を教材に教えている。「書く力・話す力」「図書館」「情報リテラシー」と、3人の分野はそれぞれ違うが、専門教育の基礎力を補うため、大学側が求めたのが新聞だったようだ。NIEが大学でも広がるか。(森田一志)

*考えて書く力を養成*札幌大講師 兼間さん

授業中に学生たちを回り、書く力の向上のため助言する兼間さん

 「日本語リテラシー」。本年度から札幌大学で始まった授業だ。
 入学直後の全1年生約800人が履修する。「書く力」「話す力」を身につける。
 特に今の学生は文章構成力などの点でリポートを書く力が落ちてきているといい、考えて書く力を養い学生たちの卒業研究にも役立てていく。指南役は6人。札幌市内の元中学校校長で非常勤講師の兼間昌智さんは3クラスを受け持つ。
 6月10日の授業では「はがき新聞」(理想教育財団制作)を使った。はがきサイズで題字や見出しを工夫して200字前後の文章にまとめる。
 この日は、日本語・日本文化専攻の1年生約40人が、2人一組で互いに相手の夢や大切なことなどをインタビューして書き、取材を受けた本人にその作品を読んでもらった。
 聞いたことをそのまま順番に羅列して書くのではなく「具体的なエピソードを聞き出しストーリーを描くように書けば読む人には分かりやすい」と力説した。
 兼間さんは教室内の学生の席を回り、すかさず話しかけ原稿を見ては助言を繰り返した。「まだ時間がほしい人?」と問いかけ、挙手されると「では、あと5分」ときめ細かく指示する。互いに相手の完成稿を読み「うまく一つの流れにしてくれてありがとう」と感謝する学生もいて、「文章力のすごさに感動」という感想もあった。
 計15回に及ぶ7月までの授業では新聞も使う。北海道新聞の記事「シリーズ評論 ウクライナ侵攻」を読ませ、ロシアによるウクライナ侵攻をエネルギーや安全保障の点から自分の考えをまとめさせた。「新聞は世の中と自分をつなぐ鍵となるものなんですね」と学生は感想文を提出した。
 授業のチーフを務める渡辺さゆり教授は見学して「新聞で学べるのは大きなポイント。私が授業を見ても90分間、学生を飽きさせず集中させる教え方は頼りになります」と語った。
 兼間さんは中学教諭時代、社会科教科書の共同編さんにも取り組んだ。NIE歴は20年以上になり、2019年からは北海道NIE研究会会長を務める。新聞の特長は「教育の中に社会を持ち込める良さがある」と36年間の教員生活の集大成を今、大学で実現しようとしている。

*図書館での活用指導*藤女子大講師 三上さん

学生たちに読書の楽しさと新聞の使い方について話す三上さん

 なぜ中学生は新聞を読まないのか?
 三上久代さんは6月25日、藤女子大学の3年生約30人に質問した。授業は「読書と豊かな人間性」(全15回)。図書館担当の司書教諭などの資格取得に必要な科目だ。同大学の非常勤講師で司書教諭の「先輩」として新聞を使ってきた立場から率直な意見を聞いてみたかった。
 グループ別の討議で出てきた回答は―。
 「新聞はお父さんやお母さんが読むという感じ」
 「内容が身近じゃない」
 「メディアなら映像や音声が流れるテレビやスマホがある」
 さらに「読んでいると、周囲の大人が褒めてくるので恥ずかしい」という体験談もあった。
 三上さんは新聞の特性に、いろいろな情報が一目で分かるようまとめる「一覧性」を挙げる。「小中学校の子どもたちには一つのことだけでなく、いろんなことを知ってほしい。新聞の見出しに引き込まれ、寄り道をしていくうちに好奇心や向上心につながっていく」と新聞の効果を語った。図書館利用の充実につなげるため、記事を使った校内発表やプレゼンの方法、著作権なども助言した。
 札幌の市立中学校5校で38年間勤務し退職。在任中にNIEに出合い、日本新聞協会のNIEアドバイザーを務めた。現在でも日本NIE学会の常任理事の肩書を持つ。1年間休職し、道教育大学で学校図書館の資料の一つとして新聞について修士論文にまとめた。それが新聞活用につながりライフワークになった。
 昨年度から藤女子大で教える三上さんは「学生たちは熱心で真面目。私も力が入ります」と、後進を育てる大学教育も新しいライフワークになったようだ。
 実は初年度のオンライン授業で懐かしい教え子との再会もあった。
 日本語日本文学科4年の伊藤碧海(たまみ)さん。中学時代、図書局長として三上さんの指導を受けた。北海道新聞の地域面の記事を使い、各地の防災の記事を張り出すなど校内発表もこなした。
 伊藤さんは「先生の新聞活用に対する熱心さは私の中学時代と変わってませんでした」と笑顔で振り返った。

*教員の卵に意義訴え*道教育大旭川校講師 菊池さん

「年間一つ二つでもいい。NIEの授業を実践していけば教員の財産になります」と語る菊池さん=旭川市立東光中

 いち早く大学生にNIE実践を指導してきたのが、北海道NIE推進協議会会長の菊池安吉さんだ。母校の北海道教育大学旭川校の非常勤講師として教員の卵たちに手ほどきする。
 「教科書で学ぶことに厚みを付けるのが新聞。小中学生にはリアルな社会を、より自分事として学んでほしい」。教員志望者でも新聞離れが進むが、次世代への普及に向けて鍵を握るのも教員だ。旭川市立の中学校校長時代から新聞を大学の教育学のゼミなどで活用する意義を説いてきた。
 本格的な授業に拡大し5年目。中学社会科専攻の学生向け授業(年間12時間担当)で教育実習後の3年生40人超に、ニュースの真偽や記事の視点を精査する情報リテラシーを教える。
 具体的には、新聞地域面のニュースの教材化、持続可能な開発目標(SDGs)の考え方で記事を読む手法などにも取り組む。紙面に親しむため、記事を切り貼りするまわし読み新聞にも時間を充てる。
 「新聞は教材の宝庫だが、『使いこなすのが難しい』と言われる。だから面白いんだ。ふだんから使える記事を探すためアンテナを張っておくのが一番」
 大学の教え子たちが卒業し、赴任先の学校でNIEの実践を始めるようになってきた。NIE地区セミナーで授業を公開することもあり、協議会会長として見守る場面もでてきた。本年度も10月から来年3月まで、教育大学と再任用で働く旭川市立東光中とを行き来する。
 担当の坂井誠亮教授は「教育現場の実践者の教えは学生の心に響く。各学校でNIEを実践する教え子が出始めているのは菊池さんたちの成果でしょう」とエールを送る。