16日の大会ライブ中継や記念新聞発行などを支えたのは札幌圏の高校5校の生徒15人だ。司会や手話通訳、大会模様を伝える記念新聞づくりなどとそれぞれ分野は違ったが、存分に力を発揮した。率直な感想を寄せてもらった。(森田一志)

 新型コロナウイルス感染予防で無観客大会だったが、会場には教育や主管団体の北海道NIE推進協議会の関係者らが出席した。開会式に続きノンフィクション作家の梯久美子さんが基調講演で戦争の話を軸に地域の歴史を伝える新聞の役割を述べ、これを受けて教育と新聞を語り合うパネルディスカッションなどが繰り広げられた。

■司会

司会の山田さん(左)、古崎さん

司会の山田さん(左)、古崎さん

 札幌北高の古崎可純(かすみ)さん(3年)、札幌日大高の山田涼平さん(3年)が司会として、開会式から最後の次期開催地・宮崎県の新聞社から届いたビデオメッセージの披露までほぼ2人で交互にアナウンスした。
 古崎さんは「コロナ禍で話す機会がなくなっていた。大役は緊張したが、楽しかった」という。山田さんは新聞について「その時代や人の思いを色濃く感じとれるタイムマシンのような存在と感じました」。

■手話通訳

開会式の手話をする(右から)高関さん、長沢さん、太田さん

開会式の手話をする(右から)高関さん、長沢さん、太田さん

 石狩翔陽高ボランティア局の3人が開会式で司会の声を聞き取り、スピーディーで正確に通訳した。大会前に司会2人と会って調整した準備が功を奏した。
 局長の長沢明穂さん(3年)は「いい経験。新聞の見方が変わりました」。太田夏南海(ななみ)さん(3年)は「自信を持って手話ができました」。高関優月さん(3年)は「全力を出せました」と満足そう。

■パネリスト

パネリストの浜田さん(左)、為国さん

 パネルディスカッション参加7人のうち札幌藻岩高図書局の2人が顧問の教諭と参加。局長の為国(ためくに)結菜さん(2年)は新聞の面白さを語る一方で「どうすれば高校生に読みやすいようになるか考えました」と写真などをもっと多く使うよう発言し工夫を求めた。浜田亮太さん(2年)は思い出に残る経験と位置づけ「いろいろな方と出会い、さまざまな意見を聞くことができた」。

■新聞づくり

放課後に高校の新聞づくりを行う札幌啓成高新聞局のメンバー

放課後に高校の新聞づくりを行う札幌啓成高新聞局のメンバー

 記念新聞は16日の閉会後、大会ホームページの特設サイトに電子版としてアップされた。題字は北海道での大会にちなんで「蝦夷瓦版(えぞかわらばん)」。表裏の2ページあり、裏面は事前に札幌旭丘高新聞局が先作りし、この1年半近くコロナ禍で道内の高校新聞局の活動が停滞した記事を掲載した。
 表面には大会当日の開会式、講演、パネルディスカッションを新聞記事にするため、札幌啓成高新聞局の局員8人全員が会場の控室を拠点に取材や編集作業を手分けして取り組んだ。
 局長の後藤夏樹さん(2年)は「大舞台で新聞をつくることができて良かった」。村上戒彗(かいえ)さん(2年)は「貴重な経験になりました」とともに喜ぶ。
 高田有彩さん(2年)は作家梯久美子さんが講演した戦時下の話を聞き「とても興味深かった」という。
 パソコンへの原稿入力でフル回転した富山菜結希さん(2年)は「一日で新聞を作るのは想像以上に大変だった」と振り返る。
 先輩の奮闘を見た1年生4人は多くの経験を財産にした。新保彩夏さんは「メモを確実に書き取ることが記事に使いやすいと思った」。伊藤咲羽(さはね)さんは「さらに新聞作成への意欲がわいてきました」という。
 川上紗蘭さんは取材のメモにてこずったようで「改善したい」と誓う。カメラ担当だった飯野里穂さんは「写真の撮り方が上手になりたい」と前向きだった。